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浅草店 店長日記2

                                 記事担当:磯貝大輔
最近、暗くなるのが早くなりましたね。

暗くなると街路灯がつきますが、浅草オレンジ通りの街路灯はLEDです。
浅草ではLEDを導入しているところはまだ珍しく、夜でも明るい通りに
なっています。12月から2月にかけてオレンジ通りではイルミネーション
をやります。もちろんLEDでとても綺麗ですよ! 楽しみです!

また暗くなると東京スカイツリーがライトアップされて
浅草からもとても綺麗に見えます。

夕方涼しくなってからお出掛けして、浅草で夕食を
食べ、スカイツリーを眺めるのもいいかもしれませんねえ。

”ついで”に大宰府天満宮2

 〜”ついで”に大宰府天満宮1からの続きです〜

                         記事担当:磯貝剛

参道が突き当たった、ちょっとした広場の様な所が太宰府天満宮の入り口。
神社のエリアに入った瞬間、亀戸天満宮と同じ様に体中の空気が
新鮮なものに入れ替わったような感覚を感じました。

感覚が高揚し過ぎて「来て良かった!」を連発している私に対し、
一緒に行ったN氏はやや引き気味でした。

初めてなのに庭の構造が手に取るように分かる事も感動でした。
というのも、話には聞いていたように亀戸天満宮の庭は
太宰府天満宮の庭の縮小版なのです。
太鼓橋
だから「心字池」と呼ばれる池も、おなじみの「太鼓橋」も「社務所」も、
天満宮のシンボル「梅の木」に至るまで 
体感倍率が ×4ぐらいで自分が小人になったような感覚でした。

おそらく一緒に行ったN氏の反応が結構普通だった事を冷静に分析すると、
毎日のように亀戸天満宮に出入りしている私の感覚だからこそ余計、
太宰府天満宮が大きく思えたのでしょう。
もちろん本社ですからこのような誤差を差し引いてもかなり立派です。

天満宮では「撫で丑」もおなじみです。
私も亀戸では大きな丑の銅像に手を置き、
「良くなれ!」「治れ!」とお願いする事しばしばです。

驚いた事に太宰府には何体もの「撫で丑」がところどころにあり、
どれに願掛けしようかと迷いました。
一緒に行ったNさんは丑年生まれだと言って大喜び。

本社
さらに進み、2つ目の大きな太鼓橋を渡ると
境内の手前に山門がありました。

山門をくぐりぬけ境内に入るとさらに神々しい雰囲気が上がり、
正面には重々しい赴きの社が迎えてくれました。
(山門は現在の亀戸天満宮には無いもので戦争の時分に焼けてしまったと聞いています。)

社の重々しさにしばし感動して見とれた後、いつものように「2礼2拍手1礼」。

ここに来られた感謝と、いつも亀戸天満宮前のお店もお世話になっているお礼
、その他言い尽くせない程の事を、目を閉じたしばらくの間に唱えました。

遠い昔、天才と謳われた「菅原道真」が亡くなった折り、
その亡骸を牛車で引き墓所に向かう途中、突然牛は座り込み、
テコでも動かなくなってしまったそうです。

人々は菅原道真がその場所で眠りたいと言う意志を受け牛は止まったのだ
と悟り、そこに道真のお墓を造る事にしました。

その牛が動かなくなった場所というのが「大宰府天満宮」です。

仕事の“ついで”の旅は歴史と感謝を感じる、いつもとはひと味違う旅となりました。


“ついで”に大宰府天満宮1

                       記事担当:磯貝剛

子供の頃から慣れ親しんだ神社が皆さんにもあると思います。

私の場合は亀戸天満宮。
東京の東に位置するこの神社は学問の神「菅原道真」祀る、
受験生に特に人気のスポットとなっています。

小学生の時は意味もなく神社の庭の大きめの砂利などを拾い集めたり、
池の亀に嫌いなパンの耳をあげに行ったり、七五三には一張羅を羽織りお参り。
中学3年の受験の時期になるとご多分に漏れず「学問の神」というフレーズだけ
を頼りにひたすら神頼み。

神社と寺の区別もつかない時分でしたので、亀戸天満宮が一番!と疑いもしない状態でした。

菅原道真関係で湯島天満宮、北野天満宮などの存在は知って
いましたが、「兄弟関係の神社」。とあいまいな認識でした。

とても恥ずかしい話、亀戸天満宮の前に店を出すまでどこが本社か?
などと考える事もなく、本社が「大宰府天満宮」であることを知ったのは
お客さんとのやり取りで始めて知りました・・・・

知ってしまったからにはその「大宰府天満宮」という神社に行ってみたい
なあ。などと思いはすれども福岡まで神社巡りのためだけに行くほどの
熱心さもなく・・・何かの“ついで”に行く事が出来る幸運を待つ事にしました。

亀戸天神の前に店を始めてから9年、若手の職人仲間と福岡のデパートで
東京の工芸を紹介しようという話が持ち上がり、九州に縁遠い私は
半分旅行気分で参加する事になりました。

旅行気分とはいえ仕事で行くのでまずはしっかり働かなくては。
一週間強の日程で可能なのは最終日の昼11時の飛行機
に乗るまでのわずかなタイミング。

もちろんその最終日に行ってきました、「大宰府天満宮」!

仕事をしたデパートの有る周辺はにぎやかな繁華街。
早朝5時過ぎ、そこから抜け出す事約一時間、ローカルな電車に乗り換え、
たどり着いた大宰府天満宮駅。

駅前からは情緒ある参道がつながり、両脇にはおみやげ屋、
饅頭屋などが思いのほかたくさん立ち並び、天満宮の人気を
感じました。

まだ神社に入ってもいないのに
「1200年も前から信仰が絶えずあったんだろうなあ」
「参道がこんなに賑わっているのだから中はさぞかし立派だろうな。」
と気分も上がります。


                 〜”ついで”に大宰府天満宮2に続きます。〜

 


BGMはビートルズ

 店内のBGMはビートルズ。

べっ甲屋には意外な選曲だと言われます。
その分「余程ビートルズが好きなんですね」と期待した目で会話してきてくれる方も多いです。

実際私が「学生時代ビートルズのコピーバンドをやっていた」とか、
「ビートルズのアルバムはすべて持っている」等のエピソードを持った
生粋のファンであればよいのですが

「なぜビートルズ?」という問いには
単に「好きだから」としか答えられない
程度の知識しか持っていないのが実情。

しかしこんな程度でも亀戸店を開店した時分から足掛け10年以上。
毎日店内には流れ、まさに空気のようになってしまいました。

先日のオリンピックであらためてビートルズが「THE・イギリス」で
ある事を感じさせてくれました。

私の知らないイギリスの若いバンドが開会式で演奏していた曲や
オリンピック関係の番組の要所要所に連奏される曲がことごとく
ビートルズであり、古さや違和感がなくとても自然に耳に入ってきました。

私の親の世代で流行したバンドであるから私などより上の世代の方は
もっと馴染みが深い事は当然の事でしょう。

曲解ですが、年をとってもその年齢の演奏で魅力が増す音楽もあると思います。
しかし人気絶頂で解散し、更にバンドの顔であるジョンレノンの死により二度と

ビートルズとしての演奏が不可能になってしまったからこそ。
本体のビートルズというバンド自体が存在しないからこそ。

余計、曲が真空パックされたように新鮮に人々の頭の中に流れ続けているように思えます。

ベッ甲イソガイのお店のBGMが何故かビートルズに落ち着いたのは、
お店を訪れる方々、店にいるスタッフにとって不快なく自然に耳に入り、
リラックスさせたり、気分を高揚させたりと、

只の「音」ではなくまさに「空気」となり馴染むからだと思います。

「一人でも多くの人にビートルズを聴かせたい!」とか
「ジョンレノンみたいになりたい!」等の力みもなく

何となく「好きだから」という理由で、うちのBGMはビートルズから当分変わらないんだろうなあ・・・・


亀戸店 店長日記1

                         記事担当:亀戸店店長 磯貝克実
 皆様ご機嫌いかがお過ごしですか? 

私は亀戸店にて店長をしてます磯貝克実と申します。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、知らない方の為にも説明しますと
お店の前には学業の神様で菅原道真も奉られている亀戸天神社がありまして、
そのいわゆる参道にあたる所にお店を構えています。

ですが参道と言いましても浅草や柴又など長い距離でお店が軒を連ねている
のとは対照的で短くお店も他には、うなぎ屋・そば屋・不動産屋さんなどの
コンパクト?な通りですが頑張ってやっている所なのです・・・  

さて目の前にありますのが亀戸天神社でして今では境内・特に太鼓橋から
眺めるスカイツリーが抜群に綺麗でして、カメラ片手にお散歩に来られるの
にも良いですよ!

さてさて、店の周りの感じがお分かり頂けたでしょうか?

このような場所で先日7月5日(木)にてめでたく10周年を迎えることが出来ま
して、振り返ればあっという間ではありましたが亀戸(地元)で亀のようにコツコツ
とやってきた成果なのではないかと思い店長としましてもうれしい限りであります!

今後もお客様に親しんで頂けるお店作りを心掛け手行きたいと思いますので応援?
 宜しくお願いいたします!
                          
           

趣味=サーフィン

   

                                                                                    記事担当:磯貝剛

~今回は暑くなってきたので軽いお題で「夏、海、サーフィン」について・・・・~

私は面倒見が良い方ではない。

どちらかと言えば、信じるわが道を突き進むタイプである。
趣味のサーフィンも自分自身のペースで行動できるため一人で行くことが多い。

とはいえ一人が好きとかそういうことではなく、趣味である以上サーフィンを
納得いくまで楽しみたいだけなのである。だからサーフィン仲間と一緒に海
に行くことも大好きだ。

こんな書き方をしていると余程の上級者みたいで申し訳ないのだが
始めたのは30才を越えてから。実力的にはやっと横に滑れるようになった程度
で大したレベルではない。

そもそもサーフィンを始めるには遅めの年齢でなぜハマる事が出来たか?

人それぞれ「海」に対するエピソードはあると思うが、
少年時代海水浴に連れて行ってもらい力尽きるまで泳ぎ
夏の濃い思い出を作った事を皮切りに、

学生時代は男友達と何かを期待してビーチに出没したり、
バイト仲間と仕事が終わってから花火をするためわざわざ車を飛ばして海まで往ったり、
サークルの仲間とは肌寒い春先に波打ち際でじゃれているうちに
水の掛け合い=風邪をひいたり・・・・

私の場合、「海」は楽しい事の代名詞であり、多くの人と同じく海自体に癒される。

海水浴でシュノーケルをして泳いだり、ゴムボートで漂ったり、
ボディーボードをしてみたり・・・・
何をしていても楽しいのだが常にサーフィンに対する憧れがあった。


   


しかし周りでやっている友達もいないし、テレビでもまれにしか取り上げられる
ことはなく、道具がどこで手に入るのかさえ知らない未知のスポーツ。
大学生の時あたりから夏になり海に行くと悶々とサーフィンしてみたい
意欲が湧きあがる。年々やってみたい気持ちは強くなるのだが・・・・・・

30才を越えたあたりから
「このままでは一生サーフィンをしないで終ってしまう」という危機感が強くなり、
人との会話の中に「サーフィンしたい!!」と連発するようになった。

「面倒見の良くない私」のほぼわがままに近い要望に、職人仲間の先輩が
こともなげに

「お古でよければおれのサーフボード使えよ。」と!!!

サーフィンを始めてみるとさりげない面倒見の良い方に出会う事が多い。
また、想像していた以上に楽しい!!

こんな素晴らしい趣味を得た「面倒見の良くない私」が
「面倒見が良くなった」としたら本当のサーファーになれた時だと思う。

たぶんサーフィンが十分上手くなり周りに気を配る余裕が出た時。

・・・・・当分先になると思いますがそうなれると良いなあ・・・・


浅草店 店長日記−1



 記事担当:浅草店店長 磯貝大輔

HELLO〜  

こんにちは、浅草店、店長のDAISUKEです!

浅草オレンジ通りには伝統的なお店が多数あります。
中でも桐の箱長さんや、印伝の前川印伝さん、銀の森銀さん、
べっ甲のベッ甲イソガイさん!ってうちですね。。。、

それぞれのお店で買われた物を皆さん自慢げに見せてくださいます。

中でも気になったのが、よくめがねを買ってくださるお客様が
来るたびに、前川印伝さんのカバンやお財布などなど見せてくださいます。
が、柄は違くても色が全部一緒の青っぽい色の印伝で前川さんの
オリジナルの色だそうです。

実は私もその色が気に入って今では前川印伝さんの
青色の長財布を愛用しています。

すごくいいですよ!

ぜひぜひ浅草オレンジ通りに来て皆さん楽しんでください。
また、うちの横の柳小路という通りからはスカイツリーがよく見えます。
写真撮りスポットです。


それではDAISUKEでした〜!

 


亀戸天神散歩―1

「亀戸天神社のお庭」公私共々癒されます。

東京で暮らしていると下町とはいえ「ビル」、「アスファルト」「車」・・・・
やはり無味乾燥なストレスを感じます。

日常のストレス解消と、ちょ―っとの運動にと、朝起きて気が向いた時に
散歩をしています。最近ではスカイツリー方面に足が向いてしまいますが、
基本的には下町らしい風景が存分に感じられるエリアなので出来るだけ
通った事のない路地を選択し徘徊・・・・(?)いや!散歩しています。

少し前までは散歩ではなくスピードを重視した「ランニング」。
若さゆえスピードを抑える事に抵抗を感じ、ひたすら走る事自体の快感と、
運動したことへの充実感を追求していました。

年のせいか(?)ランニングから散歩に代わってきたのはごく最近、
少しスピードを抑えると見えていなかった景色が新鮮で、どこかの
民家前の花段であったり、季節によって違う花の咲く公園の風景だったり、
その時々の匂いというか空気感、少しづつ変わっていく町のディテールの
発見。職人の工房風の家だったり、人気の餃子屋さん、今度入ってみたい
おしゃれなバー・・・いろんな所を発見するのが散歩の醍醐味である事に
楽しさを感じるようになりました。

太鼓橋

散歩の締めはいつも「亀戸天神」。
神社に一歩入るとスーっと姿勢が正されるような新鮮な空気が味わえる。
こんな贅沢な空間が家近くにあって幸せを感じます。鳥居の下あたりで
柔軟体操をしてから、太鼓橋に上がります。季節ごとに緑の濃さ、池の亀
の多さ、空の色、日差しの強さの移り変わりを感じられしばらくたたずんで
いたりします。

天神様の庭には季節の花が「梅」「桜」「藤」「菊」と色々楽しめて花が咲く
時期にはまともに歩けない位、人で賑わいます。そんな時期でも朝の
散歩の時には人もまばらなのでゆっくりと歩き癒される事が出来ます。
今の時期はアジサイとの「青」と太鼓橋の「赤」の対比がとても美しいです。

ひいき目なく「亀戸天神」の庭は都会のオアシス、
歩くごとに新しい発見を与えてくれます。


東京スカイツリー

「ALWAYS 3丁目の夕日」。ご覧になられた方も多いと思います。
映画の中では高度経済成長の最中、急速に発展していく日本―東京の様子を
「東京タワー」がどんどん高くなる姿とリンクして表現されていました。
戦後多くのものを失った日本にはシンボル的存在で、映画の登場人物たちが
「東京タワー」を見上げている姿からも希望や夢、願いなどを投影していたことがうかがわれます。

私たち「ベッ甲イソガイ」の工房や店舗があるのは亀戸、浅草、いわゆる東京の下町。
数年前のある日、突序発表された「世界一の電波塔」建設計画。
建設地は我々の亀戸店と浅草店の中間あたりに有る「押上」と言う地区。
学生時代、「何処から通っているの?」と聞かれ「押上駅」と言っても
いまいち、どのあたりかもわかってもらえない程知名度は低く、
その「世界一の電波塔」が出来るというのはタンクローリーの往来で傷んだデコボコ道の、
そこを通る時は前の車が起こす砂埃の激しいコンクリート工場の有る辺り。
とても「世界一の・・・」が来て頂くにはリアリティーのない場所でした。

工事が始まりコンクリート工場に続くデコボコ道は閉鎖になり、
恐らく「世界一の電波塔」の大きな鉄骨?の様なものを積んだトレーラーが下町に流れ込んできて、
町中の雰囲気が工事現場化し、その建造物に好意を注ぐ気持ちにはなれませんでした。

しかしゲンキンなもので、その「世界一の電波塔」の名前が「東京スカイツリー」と決まり、
着々と建造物の片鱗が見え始めてくると、その変わりゆく様子を記憶に刻むために
カメラを持ち歩く機会が増えました。

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私たちが営む亀戸店前の、亀戸天神からは神社の鳥居や太鼓橋、
社殿と「東京スカイツリー」とのコントラストが美しく、
サザエさんのオープニングの背景で使われたり
ぶらり旅系の番組での紹介が多くなったり・・・
ちょうど亀戸店の前から撮影すると鳥居とスカイツリーが綺麗に移り込む
ひとつのシャッターポイントとなりました。

20120609-02.jpg

また浅草店のうちの店から見ると脇の小路「雷門柳小路」。
浅草の中でも下町らしさを残すこの通りの向こうにはやはり「東京スカイツリー」が・・・
ここもにわかシャッターポイントとなりました。

20120609-03.JPG

人々の顔を見ていると、単に今までなかった高い建造物が建つことに関する興味だけにとどまらず、
この「東京スカイツリー」が人々の希望や思い出、楽しみそのほか
いろんなものを背負って着々と高くなっている事が感じられ、
「ALWAYS 3丁目の夕日」で描かれていた「東京タワー」を見上げる人々の思いと
「東京スカイツリー」を見上げる人々の思いは、時代こそ違え重なる部分が多い事に気が付きました。

私たちの工房は5月22日に「鼈甲磯貝」から「ベッ甲イソガイ」と
表記を変えリニューアルしました。
小さな工房としてはかなりの労力を必要とする大変な作業でしたが、これから先も
師匠と3人兄弟が協調しべっ甲作りを続けていくためにも重要なタイミングであったので、
「東京スカイツリー」の開業と同じ日にする事になりました。

私にとっても、ただ高い建造物ではなくなった「東京スカイツリー」は
見上げるたびに色々な気持ちにさせてくれます。




プロフィール

浅草・亀戸べっ甲職人の店「ベッ甲イソガイ」のオフィシャルブログです。

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