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べっ甲の素材のお話1

                               記事担当:磯貝剛

今回のお話はべっ甲細工の作り手としての職業上、素材として「玳瑁(タイマイ)」
という亀の甲羅を使わせていただいているので素材状況のお話を絡めた文章に
したいと思います。

ご存知の方も多いと思いますがべっ甲細工に使われる玳瑁という亀はワシントン
条約で商取り引きの輸出入が規制されています。実質べっ甲に使われる素材は
国内に保管されているストックのみ。



とはいえ、私の様な若輩の若い(?)職人がいなくもないべっ甲業界。
良く質問される「材料がなくなったらどうするんですか?」という問いもうなずける。

続けてこの仕事が出来ているべっ甲職人に共通する事は
先代や先々代の親方などが素材を蓄えていてくれた工房である事。
腕はあっても素材がなければやはり職人の数は減っていってしまう。
ありがたい事に私の工房にも材料の蓄えがたくさんあります。職人が
どんなに一生懸命手を動かしても出来高は知れたもの、私の代ですぐ
になくなってしまうとは到底思えない。

しかし、自分が続けていくには充分の素材があると
タカを括ってばかりはいられないのが現状です。

やはり新規の素材の補充ないままであると、業界に若い職人が芽生えづら
く当然、職人の高齢化は進みます。作られる製品も素材の枯渇を気にしながら
であると思いきったものが少なく「べっ甲」という製品自体の魅力も世間的に
薄れていってしまうのでは・・・・・と心配は尽きません。

そもそも「玳瑁(タイマイ)」という亀がどこに生息しているかと言うと、
赤道近くの暖かい海。日本近海では夏の間はかろうじてタイマイが
生存できる水温の様で沖縄の海域でまれに確認できる程度だそうです。

実際に素材として輸入されていた時はインドネシア周辺とカリブ海周辺の
タイマイが2大産地でした。もともとタイマイに限らずウミガメを貴重なタンパク源
として捕食していたこともあり、甲羅の部分は捨てられたり、簡単な細工など
する人もいたようです。

     〜ベッ甲の素材のお話2に続きます。〜


夏期営業のお知らせ

 ベッ甲イソガイ 浅草店 亀戸店の両店舗は
お盆は通常と変わらず営業を行ないます。

亀戸店のみ8月20日〜22日臨時休業いたします。

ベッ甲イソガイ 浅草店
  10:00−19:00
  水曜定休 
ベッ甲イソガイ 亀戸店
  10:00−18:00
  水曜定休

お気軽にご来店ください。

趣味=サーフィン

   

                                                                                    記事担当:磯貝剛

~今回は暑くなってきたので軽いお題で「夏、海、サーフィン」について・・・・~

私は面倒見が良い方ではない。

どちらかと言えば、信じるわが道を突き進むタイプである。
趣味のサーフィンも自分自身のペースで行動できるため一人で行くことが多い。

とはいえ一人が好きとかそういうことではなく、趣味である以上サーフィンを
納得いくまで楽しみたいだけなのである。だからサーフィン仲間と一緒に海
に行くことも大好きだ。

こんな書き方をしていると余程の上級者みたいで申し訳ないのだが
始めたのは30才を越えてから。実力的にはやっと横に滑れるようになった程度
で大したレベルではない。

そもそもサーフィンを始めるには遅めの年齢でなぜハマる事が出来たか?

人それぞれ「海」に対するエピソードはあると思うが、
少年時代海水浴に連れて行ってもらい力尽きるまで泳ぎ
夏の濃い思い出を作った事を皮切りに、

学生時代は男友達と何かを期待してビーチに出没したり、
バイト仲間と仕事が終わってから花火をするためわざわざ車を飛ばして海まで往ったり、
サークルの仲間とは肌寒い春先に波打ち際でじゃれているうちに
水の掛け合い=風邪をひいたり・・・・

私の場合、「海」は楽しい事の代名詞であり、多くの人と同じく海自体に癒される。

海水浴でシュノーケルをして泳いだり、ゴムボートで漂ったり、
ボディーボードをしてみたり・・・・
何をしていても楽しいのだが常にサーフィンに対する憧れがあった。


   


しかし周りでやっている友達もいないし、テレビでもまれにしか取り上げられる
ことはなく、道具がどこで手に入るのかさえ知らない未知のスポーツ。
大学生の時あたりから夏になり海に行くと悶々とサーフィンしてみたい
意欲が湧きあがる。年々やってみたい気持ちは強くなるのだが・・・・・・

30才を越えたあたりから
「このままでは一生サーフィンをしないで終ってしまう」という危機感が強くなり、
人との会話の中に「サーフィンしたい!!」と連発するようになった。

「面倒見の良くない私」のほぼわがままに近い要望に、職人仲間の先輩が
こともなげに

「お古でよければおれのサーフボード使えよ。」と!!!

サーフィンを始めてみるとさりげない面倒見の良い方に出会う事が多い。
また、想像していた以上に楽しい!!

こんな素晴らしい趣味を得た「面倒見の良くない私」が
「面倒見が良くなった」としたら本当のサーファーになれた時だと思う。

たぶんサーフィンが十分上手くなり周りに気を配る余裕が出た時。

・・・・・当分先になると思いますがそうなれると良いなあ・・・・


初遠征・フランスの片田舎−3



初遠征・フランスの片田舎−3”

「農家の納屋」ギャラリーから、「草っぱら」ギャラリーに場所を移動した我々職人衆。

絶え間なく「草っぱら」ギャラリーに訪れる地元も皆さまは、私の作った
(べっ甲のフェイクですが・・・)「かんざし」「ペンダント」「リング」などに
日本を感じてくれたらしくしきりに「売ってくれ」と。

私は「商売出来ているわけではないので売れません。」の
一点張りでかなりの人数の方にお断りをしなければなりませんでした。

しかし、しばらくすると地元の方々だけあって家から出直して来たらしく、
「ワイン」や「パテの瓶詰」「チーズ」などを手に
「売るのではなく、物々交換しよう」とやってきました。


お金ではないやり取りに新鮮さを覚え、フェスティバルも最終日であったので、
次から次へと「物々交換」を行いました。

ワインは10本を超え、どれも置いていくことが出来ず
帰りのスーツケースには「HEAVY」のステッカーが貼られました。

他には地元のロウで絵を描き上げるアーティストの方とはお互いの
作品を交換しました。ステンドグラスの様な色使いで、青の背景に、
印象的な鮮やかなひまわりが描かれた大胆な絵でした。


会場にはバンドの生演奏、子豚の丸焼き、ヤギチーズ、
ワイン、ビール。盛り上がらないわけがありません。

私の許容量を超えたアルコールも、カラッとした異国の空気のせいか
いつも以上に楽しさが増し、まさに円滑剤となりました。


日本の文化の一端を背負って海外を旅する「文化交流」。
もしかしたらトンチンカンな日本を披露していたのかもしれませんが、
自分が出来る最大限の力で過ごした2週間、今の私の価値基準に
大きな影響与えていることに間違いない体験でした。


この旅のきっかけを与えてくれた「とても偉大な職人さん」への
感謝はもちろん、日本人、外国人関係なく、出会うことへの有難さ
を実感できるようになった「初遠征」でした。

 


初遠征・フランスの片田舎−2


〜初遠征・フランスの片田舎−1からの続きです〜

        

我々職人衆が実演するのは「農家の納屋」。

石造りの重厚な造り、日本の木造の納屋とはまた違う独特の空間にワクワクしつつも
ガラーーーんとだだっ広い空間。部屋中に敷き詰められたというか落ちているワラ。

私ははじめ展示自体「カッコが付くのか?」がとても心配になった。

しかし一緒に行ったのは全てのことを楽しめる心強い先輩たちだった!!

干し草を固めたものが実演台。
それぞれの職人持参の製品を並べて仕事着に着替えれば
フランス片田舎の「農家の納屋」が粋な職人のステージに!

ワシントン条約で材料を持ち出せない私の実演はべっ甲のフェイクでしたが、
作務衣を着て、日本から持って行った自作の実演台で気合を入れた「海外での初陣」
でした。フランス人のボランティアの方にべっ甲の説明をフランス語版に訳してもらい、
身振り手振りでたくさんの方と交流しました。

中でも記憶に残っているのが、珍し半分しょっちゅう見学に来ていた
「地元の小学生軍団」との交流。拉致され連れてかれたのは彼らのお宅。

滅多には入れないローカルな雰囲気、石造りの壁や床、綺麗に飾られた
鉢植えの花、見る物すべてに感動しつつ小学生たちと他愛のないやり取りで
盛り上がっていました。



彼らは私が着ていた作務衣やダボシャツに「武士道」もしくは「空手家」の
雰囲気を感じているようで、とにかくまとわりついてきました。

この時もそうでしたがこの旅の間ほとんどの時、
「作務衣」か「ダボシャツ」「セッタ」の風体で荷物は「風呂敷」に入れていました。
海外初陣の謙虚さ(?)から過剰に「日本」というものをアピールしなくては!
と真剣に考えた私なりの正装でした。

  〜もう一話続く予定です〜


浅草店 店長日記−1



 記事担当:浅草店店長 磯貝大輔

HELLO〜  

こんにちは、浅草店、店長のDAISUKEです!

浅草オレンジ通りには伝統的なお店が多数あります。
中でも桐の箱長さんや、印伝の前川印伝さん、銀の森銀さん、
べっ甲のベッ甲イソガイさん!ってうちですね。。。、

それぞれのお店で買われた物を皆さん自慢げに見せてくださいます。

中でも気になったのが、よくめがねを買ってくださるお客様が
来るたびに、前川印伝さんのカバンやお財布などなど見せてくださいます。
が、柄は違くても色が全部一緒の青っぽい色の印伝で前川さんの
オリジナルの色だそうです。

実は私もその色が気に入って今では前川印伝さんの
青色の長財布を愛用しています。

すごくいいですよ!

ぜひぜひ浅草オレンジ通りに来て皆さん楽しんでください。
また、うちの横の柳小路という通りからはスカイツリーがよく見えます。
写真撮りスポットです。


それではDAISUKEでした〜!

 


初遠征・フランスの片田舎−1

稲と麦のフェスティバルinアルセ村、ブーゴン村

この仕事を始めて数年目(今回の記事担当は剛です)、
東京の伝統工芸関係で知らぬ者はいない、「とても偉大な職人さん」の
工房にごあいさつに訪れる機会がありました。

初夏のその頃、薄暗い工房では数人の職人衆が汗をカキカキ・・・
当時の私には初めて遭遇する「他の工房の熱気」。感じた迫力は未だ
頭の中に映像として保存されています。

汗を拭き拭き現れた「とても偉大な職人さん」は開口一番に、

「君!うちの息子とフランスに行って来なさい。」

「・・・・?」

突然言われた、ほぼ命令形のその一言に戸惑いながらも断る理由も
見当たらず曖昧な返事を残しつつ工房をあとにしました。

「中世の古城」、「一面のひまわり畑」、「昼間から飲む赤ワイン」・・・・・
来てしまいましたフランス!

フランス人の方が企画した日本とフランスの文化交流「麦と稲のフェスティバル」。
フランスの中央に位置するロワール地方・アルセ村、ブーゴン村で行われました。

日本からは我々職人衆、セミプロの音楽家、農家の方、学生・・・が参加、
100人位だったのかなあ。

日本から参加したメンバーはそれぞれの表現をするための場所に準備のため,
しばしのお別れ、

そして我々職人衆が実演するのは「農家の納屋」。

職人衆、現場を目の当たりにし「・・・・・・・」

だいじょうぶか???

              〜続きます、次回は13日の予定です〜


ベッ甲イソガイ 亀戸店 10周年の御礼

                

ベッ甲イソガイ 亀戸店 10周年の御礼

この程、2012年7月5日で ベッ甲イソガイ 亀戸店は
10周年を迎えることが出来ました。

当然ですが ご愛顧いただいた方々、
不恰好でも一生懸命さだけはと温かい目で 応援していただいた方々、
店を内側から活気付け 店舗運営に携わっていただいた方々、

亀戸店に関する全ての方々に感謝いたします。

「ありがとうございます」

ベッ甲イソガイ 代表 磯貝實


亀戸天神散歩―1

「亀戸天神社のお庭」公私共々癒されます。

東京で暮らしていると下町とはいえ「ビル」、「アスファルト」「車」・・・・
やはり無味乾燥なストレスを感じます。

日常のストレス解消と、ちょ―っとの運動にと、朝起きて気が向いた時に
散歩をしています。最近ではスカイツリー方面に足が向いてしまいますが、
基本的には下町らしい風景が存分に感じられるエリアなので出来るだけ
通った事のない路地を選択し徘徊・・・・(?)いや!散歩しています。

少し前までは散歩ではなくスピードを重視した「ランニング」。
若さゆえスピードを抑える事に抵抗を感じ、ひたすら走る事自体の快感と、
運動したことへの充実感を追求していました。

年のせいか(?)ランニングから散歩に代わってきたのはごく最近、
少しスピードを抑えると見えていなかった景色が新鮮で、どこかの
民家前の花段であったり、季節によって違う花の咲く公園の風景だったり、
その時々の匂いというか空気感、少しづつ変わっていく町のディテールの
発見。職人の工房風の家だったり、人気の餃子屋さん、今度入ってみたい
おしゃれなバー・・・いろんな所を発見するのが散歩の醍醐味である事に
楽しさを感じるようになりました。

太鼓橋

散歩の締めはいつも「亀戸天神」。
神社に一歩入るとスーっと姿勢が正されるような新鮮な空気が味わえる。
こんな贅沢な空間が家近くにあって幸せを感じます。鳥居の下あたりで
柔軟体操をしてから、太鼓橋に上がります。季節ごとに緑の濃さ、池の亀
の多さ、空の色、日差しの強さの移り変わりを感じられしばらくたたずんで
いたりします。

天神様の庭には季節の花が「梅」「桜」「藤」「菊」と色々楽しめて花が咲く
時期にはまともに歩けない位、人で賑わいます。そんな時期でも朝の
散歩の時には人もまばらなのでゆっくりと歩き癒される事が出来ます。
今の時期はアジサイとの「青」と太鼓橋の「赤」の対比がとても美しいです。

ひいき目なく「亀戸天神」の庭は都会のオアシス、
歩くごとに新しい発見を与えてくれます。


シュガーポット

唯一無二、作り手と成長していくアイテム“シュガーポット

20120615-03.jpg

私がこのアイテムを手掛けるようになったのは10年ほど前。
一通りのものが作れるようになり、やはり作り手誰もが通る
「誰も作らない自分だけのアイテムを作ってみたい」という欲望が湧きあがり、
べっ甲製品にはあまり見られないものについて考えるようになりました。

頭に浮かんだものは片っ端から試作し始め、通常の作業時間が終わった後の時間が
これに当てられました。通常の製品作りでさえ楽しくてしょうがないのに
自分の思う物を形に出来る喜びに時間を忘れ試作品作りに没頭しました。
しかし今思うとあとひとひねりで製品となるものもありますが、
次々と出来上がるものは「試作品」の域を出る出来栄えのものはありませんでした。

若気の至りと言いますか「誰も作らない自分だけのアイテムを作ってみたい」という
強い思いはものすごい力を与えてくれましたが、芸術家かぶれした作り手の
一方的な「作ってみたい」思いばかりが優先され、
製品作りに忘れてはならないはずの「使い手の気持ち」を汲んで
製品作りをしていない事に気が付きました。

このときからまず自分が「使ってみたい」と思えるモノづくりに気持ちを切り替えました。
自問すると意外とすんなりと「べっ甲の製品をテーブルの上で使ってみたい」・・・
という気持ちが湧きあがり、それに従い出来上がったものが「シュガーポット」です。

当初「製品」と言うよりも「作品」という趣が強かった「シュガーポット」は
売るというよりも見せるモノとしてPRに使いました。
当工房の取材に来た方々に面白半分見て頂くと思いのほか反応が良く、
「珍しいアイテムなので記事に書きます・・・」とか
「代表作として写真を・・・・」とか、時には「雑誌の表紙に・・・」など
有りがたいお話を頂きで出し好調でした。

さらなる転機は「東京都伝統的工芸品チャレンジ大賞」という
作品品評会に出品する事になり、「シュガーポット」を
天然系塗料でコーティングしてバージョンアップした
「“洗える”べっ甲のシュガーポット」として出品した時です。

東京都産業技術研究センターの木下先生と共同で、
べっ甲の素材感を損なうことなくコーティングを施し、
ちょっとした洗浄が行えるよう加工した「“洗える“べっ甲のシュガーポット」。

扱いづらいという先入観を持たれ、
敷居の高い素材と思われていたべっ甲の弱点を克服し、
多くの一般の方々の票と審査員の方のご支持を頂き、
「東京都伝統的工芸品チャレンジ大賞」で賞を頂く事が出来ました。

20120615-02.jpg20120615-01.jpg 

作り手の一方的な提案だけではなく、一般の方々の要望を取り入れて
バージョンアップした結果、その大切さに改めて気がついた良い経験です。
これ以降「製品」としてなるべく品切れにならぬよう店頭に並べる数は
常に作るよう心がける事になりました。

良い事か悪い事かわかりませんがモノづくりをしていて同じ物を作る時、
以前と「同じ物を再現する」感覚はありません。
どこかしらに「もっと使いやすく」の修正点が湧いて来るのでそれを考慮しつつ
バージョンアップしたものになります。
逆にいえば完璧なものを作っていない証明となってしまいますが、
その時その時のベストを注ぎ込んだものである事に間違いありません。

そういう意味で今後も作り続けるであろう、唯一無二の「シュガーポット」は
作り手と共に成長をしていくのでしょう。




プロフィール

浅草・亀戸べっ甲職人の店「ベッ甲イソガイ」のオフィシャルブログです。

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